「懸想多きおなご」は、「もてる」と云ふ思考をば持りてゐる者も多ゐであると存じまする。
ひい時期拙者は「懸想多きおなご」であると云われておりき時期、あり申した。
しかして自覚もあり申した(苦笑)元々は、ひい途でござったになにゆえ短期的な色恋さいくるをば繰り返して参るとか。
其れは、「過去が人妻が未消化」でござったよりでござった。
大きな色恋をば失った時、それがしが魂がいづこやにて「彼以って上はござらぬ」さふ思りしでござろう。
しかして「彼以って上が無い」と云ふ前提にやいてが色恋は、長く続く手筈もありませぬであろう(苦笑)懸想をば多くしてござった当時がそれがしござるが「もてておりき」であるとは、存念てゐませぬ。
「エロ以って上」がござらぬから容易に、付き合ゐをばしてござった。
其れのみにてが事でござったのでござるらふであると思うておるみてす。
そが思考度路より抜け出すこであると、にてきたがは、「こが輩は、!」と云ふもがをば感じた殿方であるとにてあったでござる事、きっかけになり申した。
彼以って上であるとや以って下ではござらず「こが輩、よき」さふ強く思うておるこであると、出来申したみてす。
ようやく「まったうな色恋感情」をば持ておった刹那でござったであると存じまする。
であると、同時に過去が色恋をば達者く消化して参るセフレをば感じ申した。
しかして左様な彼であるとお付き合ゐするでござる事になり申してよりは、「懸想多きおなご」は、返上し、再度ひい途に彼であると向き合りて参上するそれがしに戻るこであると、にて参った。
こが頃合いにて出會わせてくれたでござる氏神(うじがみ)には、まことに痛み入るでござる。